野村さんが去ってしまったプレカリアートユニオンと終わらない清水直子さんのパワハラ、そして野村さんに群がる商業者たち

リクエストもあったので、野村さんのことについて、キチンと書いておこうかと思います。

野村さんは、ご存知のように、引越社事件の当該組合員です。弁償金の支払い義務を争ってプレカリアートユニオンに加入したところ、報復として(問題のある社員ばかりが配属される、という)テレアポ部門、そしてシュレッダー係に配転され、挙げ句の果てには懲戒解雇されるという、足かけ2年半にもわたる厳しい争議を闘い抜いた方です。

DMU前田が野村さんと一緒に働いたのは、2ヶ月半ぐらいの間だけでした。

野村さんは、引越社を退職した後、プレカリアートユニオンで専従することで合意していました。しかし、最初の執行委員会で、さっそく問題が起こったのを覚えています。野村さんの賃金の額について、まだ何も合意されていなかったのです。

野村さんは、子供も生まれるので30万円は必要だと主張しました。ところが清水直子(関口直子)氏は、これに難色を示し、この交渉は、28万円で妥結することになります。

それだけでなく、清水直子氏は、野村さんに、「自分で30万円稼げるようになるまでは、雇用保険をもらいながら修行しなさい。」と言い渡します。

「修行」というのは、フルタイムでプレカリアートユニオンに就職しながら、賃金は支払わず、求職中ということにして雇用保険を受給するというスキームのことです。今思えば不正受給ですが、当時は私も、そんなものか、と受け流していたことを覚えています。

2018年4月の執行委員会議事録には、次のような記述があります。

野村さん 180日 9月末まで?雇用保険を受給して修行。

【専業の予定】10時〜19時(1時間休憩として1日8時間)フルタイム

・自分で相談を受けて交渉、解決をしたい

・運送業、ITの組織化をしたい

・額面30万円希望。成り立たせるためには、何が実現できればよいか、シミュレーションをする。

この「修行」は、二重の意味で、野村さんにとって大変なものでした。

第一に、野村さんとしては、雇用保険不正受給の「修行」をさせられたこと自体不本意で、雇用保険が切れた後の賃金の額も、奥さんの妊娠がわかり、家のローンもあるのに、希望した額ではありませんでした。そのためか、野村さんは毎日、基本的にモチベーションが低そうでした。

第二に、清水直子氏の苛烈なパワーハラスメントがありました。私が目撃したものでは、以下のような会話がありました。

清水「野村さん、この前渡した(労働法の)本は読んだんですか?」

野村「はい、まあ一応……」

清水「一応というのは、何ページ読んだんですか」

野村「まあ多少は……」

清水「実際に読んだページ数を聞いているんです!」

野村「……ごめんなさい読んでません」

清水「読まないとすると、どうすれば30万円稼げるようになると思いますか??」

もちろん、労働法の本を「読む」時間は、就業時間外で確保するというのが前提です。

また、ここでいう「稼ぐ」とは、コンスタントに事件を和解させて、拠出金を組合員から徴収することをいいます。30万円を「稼ぎ出す」ためには、毎月150万円の和解をまとめる必要があるということになります。

上のようなやり取りが毎週繰り返された後、清水氏は、野村さんに失望したのか、野村さんにテレアポ業務を命じます。プレカリアートユニオンでいうテレアポ業務とは、組合費の滞納者に電話をかけ、いつ払えるんですか、早く払ってくださいと取り立てをする業務です。

私もやったことがありますが、もちろん、到底愉快な仕事とはいえません。さらに、野村さんにとっては、引越社でのテレアポ部門を思い起こさせる仕事だったことでしょう。

野村さんが、誰にも挨拶せずに忽然と消えてしまったのは、その1週間と少し後でした。

その後は、多くの組合員が電話、ライン、電報と様々な手段で野村さんにコンタクトをとったのに、どれひとつとして応答がありません。ある人の曰く、精神科医からドクターストップがかかり、ストレス源であるプレカリアートユニオンにはもう接触するなと言われたのだろう、ということでした。

野村さんは、営業職とはいってもカネのために何でも売りつけるようなタイプではなく、根の優しい、我慢強い方でした。普通の人でも強いストレスを覚え、しかも引越社での過去を想起させる債権の取り立てという業務には、到底耐えられなかったのだと思います。

 

野村さんだけでなく、引越社の争議を支えた執行委員の梅木さんなど、多くの組合員や執行委員が、清水直子氏のパワハラに耐えかねて去って行きました。私にも、パワハラを繰り返しています

しかし、プレカリアートユニオンでは、すでに野村さんのことを省みる人もありません。あれほど熱心に活動していた 、組合の将来を担うべき組合員が、どうして去って行かざるを得なかったのか。組合運営上の問題はなかったのか。

こうした観点からの検討、反省が、存在しないのです。翼賛選挙の弊害だと思いますが、このような組合員の使い捨て行為を、もう繰り返させてはいけないと思います。

進んで指摘しなければならないのが、プレカリアートユニオン・清水直子氏が、未だに、去ってしまった(去らせてしまった)野村さんを、組合の宣伝のために、最大限利用し続けているということです。

この画像は、平成31年4月7日時点でのプレカリアートユニオンのTwitterページですが、シュレッダー係時代の野村さんの画像が、いまだにプロフィール画像とされています。

これでは、野村さんとしては、すでに組合活動から離れているのに、いつまでもプレカリアートユニオンの代表的な人物として知られ続けることになり、求職活動上不利になりかねません。

さらに、担当した弁護士である佐々木亮先生は、旬報法律事務所の母体にあたる出版社の旬報社から、次のような書籍を出版しています。

私も読んだことがありますが、ほぼ完全に引越社とわかるような形で、引越社事件を描いた漫画作品です。

そのためか、明らかに引越社事件を描いた作品であるにもかかわらず、野村さんのコメント、あとがき等はありません。ストーリー的にも、営業職に復帰して、僕は元気に働いている……!といった内容で唐突に終わっています。

その後の集団訴訟上の和解、そして退職、プレカリアートユニオンへの入職については、メディアでも実名で発表していたにもかかわらず、いっさい触れられていないのです。

メディアで実名を出したことからもわかるように、野村さんは、引越社を良くしていくため、根をはって働き続けるつもりだったのだと思います。辞めて転職するつもりで、実名をメディアに公表する組合員などいません。

実際、営業職への復帰が認められた後の野村さんは、非常にはりきっていらっしゃって、これから会社を変えていくんだ、と元気はつらつだったと、多くの組合員が証言しています。

それなのに、突然、集団訴訟の和解の一環として退職することになってしまいました。

これは客観的証拠に基づくものではないので、断言はできません。

しかし、その理由は、清水直子氏が、37名もの原告を抱える集団訴訟の和解をするために必要だから、と迫ったのではないかと思います。

というのも、野村さんと親しかった数名の組合員が、和解直後(専従者になった直後)の野村さんと昼食などで話し、「本当は判決を取りたかった」「最高裁までやってもよかった」とこぼしていたのを聞いているからです。

繰り返しますが、和解して転職するつもりであれば、普通はメディアに実名を公表することはあり得ません。恐らく、不本意な形で和解、退職を要求されたのだと思います。

 

引越社事件の解決金は公表されていませんが、もちろん、それは相当の多額にのぼるものでした。清水直子氏も、弁護士ドットコムのインタビューに「納得できる金額」とコメントしています。

このような多額の和解金を前提として、清水直子氏への高額報酬や米国外遊、などなど、派手な組合運営が可能となっています。

他方では翼賛選挙や、書記局アルバイトからの搾取という問題も存在するのですが、もしも、清水直子氏が華やかな生活をしたいと、そんな不当な目的のために、会社を変えていきたいという志のあった野村さんが退職を余儀なくさせられたのだとしたら、許されないことだと思います。

 

※追記(4月13日):上記の「罪状ペーパー」を、執行委員長である清水直子さんが、DMU前田に対して、プレカリアートユニオン事務所内に掲出しました。

※追記(8月7日):佐々木亮弁護士のツイッターで、野村氏ご本人が先生の著書を宣伝しているのをお見かけしたので、少なくとも現在では許諾が取れたものと考え、記述を変更しました。

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dmu

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