プレカリアートユニオン名簿・個人情報流出問題の原因を考える

ここ数日、一時期は当組合の仲間でもあったプレカリアートユニオン元執行委員による悪質な脅迫と嫌がらせ行為について報じている。

ある人物を介して伝え聞いたところでは、そのプレカリアートユニオン元執行委員は、30万円〜100万円の金銭を支払えば、インターネットでの誹謗中傷をやめると言っているようだ。

「書かれるのが嫌なら社会生活をやめろ!無人島に行って一人で暮らせ!」

「誰がいつどこで、誰について何を言うか、何を書くかなんて一個人に支配できるわけがない。支配できると思っているならあまりに傲慢、あまりに浅はか。」

「他人やものごとが全部あなたの思い通りになるわけがない。あなたは社会正義を追求するためでなく、自分のエゴやわがままを通すために法律を利用してるだけです。」

もっともらしいことを主張しながら、実際の要求はゼニとカネだけである。

週刊新潮が看破したプレカリアートユニオンの現実もそうであったが、プレカリアートユニオンが構築したアリ地獄のような労働者からの搾取のシステムは、まもなく都労委の審問廷で明るみに出ることになるが、突き詰めるとどこまでもゼニとカネに行きつくのである。

その理由は簡単で、被申立人・清水直子こと関口直子氏ら自称”執行部”が、プレカリアートユニオンから引き出す資金を生活の原資としているからである。

ある人の表現を借用するが、

「労働者と連帯するとほえてる者たちのまわりに、労働それ自体の気配は全く感じられない」

のである。

件のプレカリアートユニオン元執行委員は、「福祉の恩恵はしっかりともらって(笑)」と雑誌に投稿していたが、専従費とか行動費とか名目を変えたところで、社会から逸脱した、というより排除されたダラ幹が、労働者の感性と正義から遊離して、まるで経営者のようにして、他人を労働させて労せずに利得を得ることだけを考えているという結論には変わるところがない。

私たち労働者の血税が原資である「福祉の恩恵」でゼニには困らないはずなのに、インターネットでの嫌がらせ行為を交渉材料にして金銭を要求。

ある人は、この有り様を目の当たりにして、「ヘドロ溜まりには、しょせんヘドロしかない」と指摘した。

自己肯定欲求を支配服従関係につなげるプレカリアートユニオン

プレカリアートユニオンの内部で志を持って立ち上がり、民主化を遂げて職員の権利と組合員の尊厳を両立した組合活動をするなど、この意味で、夢幻に過ぎなかったといえるだろう。

すなわち、かねて指摘しているように、プレカリアートユニオンという場所は、人に対して、債権ではなく物権を設定し、行使できる、特殊な場所なのである。

債権とは、他人に何かをしてもらう権利であるが、物権とは、ある物を自分が排他的に支配するという権利である。

プレカリアートユニオンでは、その反社会性に組織的に抵抗できているのが、幸いにも労働者性があった我々だったいうだけで、真っ当な感性を持っていた人がいても、皆、個別的に排除されてきた。

特に、今も執行部に残っているのは、その物権的支配がカッコイイとかキモチイイとか思っている異常者ばかりである。

職場で横暴な使用者の文字通り物権的支配下に置かれ、それに異を唱えて駆け込んだはずの労働組合で、あろうことが物権的支配の快楽に目覚めてしまう。

反社会的勢力まがいの男を利用し、反対派組合員の事務所立ち入りを暴力で阻止するプレカリアートユニオン。

もっとも、使用者の方は自由市場の洗礼を受けて、当然スタート地点の差はあるけれども、一定の市場原理的な選別を経て、支配する側に回っている場合が多い。

しかし、ブラックユニオンでは、なぜか、職場では孤立しており、誰にも相手にされておらず、まともな職歴が1つもなく、それらすべてを社会のせい、政権のせいだと考えて暴れているだけの人物でも、執行委員になれる。

もちろん、労働問題の解決を求めて結集した労働者組合員が民主的に選任したわけではない。他者と健全な関係を構築できず、果樹園を営む実父譲りの暴力と支配の手法に長けた清水直子氏が指名しただけである。

指名されて暴力、権力を行使するアイヒマンの執行委員となる側にも、当然メリットがある。

職場でも、どこでも孤立しており、それがすべて社会のせいだという負の感情のもと、”ありのままの自分”を認めてくれる場所を探して、さまよい歩いてきたからだ。

多くの場所では、例えば政治家なら選挙人から、職場では顧客から、経営者なら株主から認められないと、地位など手に入らない。

しかし、プレカリアートユニオンだけは、単に清水直子氏が認めてくれれば、その場で、ハッピーセットのように簡単に、執行委員という”地位”が手に入る。一般の人には理解できないものでも

じじつ、当組合がプレカリアートユニオンに団体交渉を申入れた直後、幾人もの執行委員が、使用者責任を取ることはできないとして執行委員を辞任した。

それらの人々は、比較的、プレカリアートユニオン以外の場所でも地位があり、居場所がある有能な人々であった。

そうして”純度”が高くなった異常者たちが今、プレカリアートユニオンで未だに組合員に会計を公開せず、組合民主主義を否定する暴挙を繰り返し、労働者からの搾取で虚栄心を満たしている。

民主的な組合選挙を怠ったことがプレカリアートユニオン名簿流出事件の原因

ところで、どうすれば、プレカリアートユニオンの執行委員になれるのか。

簡単である。清水直子氏がいつも言っているように、優秀な「リソース」になればよいのである。

数々の暴力行為で知られる武内惇氏は、「人は、肩書と役割を与えれば、勝手に動く」と発言した。

社会のどこでも嫌われてきて、清水直子氏だけが執行委員にしてくれたという来歴を持つ(今でも、伊奈運輸では話しかける同僚もいないという)武内氏自身の自己紹介にしか聞こえないが、脅迫状事件を引き起こした元執行委員にも、似たようなところがある。

その人物も、本人のブログによれば、大学でも地元でももめ事を起こし、居場所はどこにもなかったという。

ところが、プレカリアートユニオンでは、「福祉の恩恵」のお陰でいくらでも時間があり、リソースとして街宣活動ができて便利であったためか、清水直子氏が”執行委員”にしてくれた。

言いかえれば、700万円もの高額報酬を手に入れ、自宅の防犯カメラ代まで組合から引き出しているという清水直子氏、もしくは、それに準ずる報酬をもらっているナンバーツーの中野千暁こと太田曉彦氏が街宣に行けばよかったのに、自らが楽をしたいと考え、件の人物に肩書と役割を与えて持ち上げたら無償で使用できると踏んだから執行委員にしたのではないか。

しかし、その代償は余りにも大きかった。

件の元執行委員に、執行委員としての機関誌や名簿の管理を任せたが故に、それらが外部に流出することになり、結局は脅迫状事件を起こしてしまった。

清水直子氏の指揮のもと、粟野興産に対して街宣活動をしたら、1000万円もの損害賠償請求で組合員個人が訴えられた事件も凄まじい衝撃を与えたが、プレカリアートユニオンに加入することの危険をここまでに浮き彫りにした事件は他にないだろう。

繰り返すが、プレカリアートユニオンの組合員の名簿は、既に外部に流出しており、それが現実に、脅迫状の送付等々に使われているのである。

この後、どこに売り渡されてもおかしくない。プレカリアートユニオンは、この責任をどう考えるのか。

組合員の実家にやってきた脅迫状。プレカリアートユニオン元執行委員は、組合員名簿に書いてあった住所を起点に、祖母ら親族の住所も突き止めて12通送りつけてきた。

プレカリアートユニオンは、それが当組合の内輪もめだとか、内部ゲバルトだとかいって必死に責任逃れを図っているが、まさしく「壊れた何か」のようで醜悪だ。

当組合でいかなるもめ事が発生していようと、プレカリアートユニオンの清水直子氏が、自分の労働を代替させるためのリソースがほしいという不当な動機で、”執行委員”というアメを民主的な選挙によらずばら撒いていなければ、組合員として信任した覚えがない人物に名簿が握られていて、実際に、組合員の実家に脅迫状が来るという憂き目には遭わなかったのである。

しかも、清水直子氏が、この人物を執行委員に指名して名簿等を任せたのは、当組合の結成の1年以上前である。

つまり、脅迫状事件の原因となった個人情報のずさんな管理は当組合の存在とは無関係で、清水直子氏・プレカリアートユニオンだけの問題である。

現にこの元執行委員は、当組合と関係がないプレカリアートユニオンの他の組合員にも、数々の嫌がらせの手紙を送付しているという。

それゆえ、清水直子氏が指名したこの元執行委員による、組合員名簿を利用した一連の犯罪行為は、当組合の内輪もめとは無関係に発生した事柄である。使用者責任を果たしては如何か。

それに、プレカリアートユニオンはその人物を既に除名したから関係者ではないというトカゲの尻尾切りの主張も繰り出しているが、それを言うなら、その人物は現に当組合の組合員ではないのだから、「DMUの内輪もめ」「内部ゲバルト」という表現は事実に反する。

しかも、その人物は、プレカリアートユニオンからの除名処分は無効だと主張している。他方で、当組合からの脱退は、本人が申し出たものだから当然だが、その効力に争いはない。

無関係を気取るなら、まずは、その辺りの権利関係を対外的に確定させてからにしてほしいものだ。

ヒベンだかブラック労弁だか知らないが、カネと、カネが欲しい人だけは有り余っているのだから、地位不存在確認の裁判でも起こしたらどうか。

解雇といえば解雇有効だというかのようなブラック企業さながらのロジックは、少なくとも労働組合では通用しないはずだ。

プレカリアートユニオン執行部は速やかな社会復帰を!

そもそも、中央大学経済学部卒のエリートであるという清水直子氏は、「ゲバルト」の意味を理解しているのだろうか。

学生運動とまったく無関係の世代ではないはずだが、無知と無学、反社会性をネットでさらけ出して、何がしたいのだろう。何となくカッコいいとでも思ったのだろうか。

いつまでも尾崎豊の世界観で、実にいい気なものだ。

清水直子氏は、氏を受け入れてくれなかったジャーナリズムの世界を惜しんでか、組合事務所の書棚に『記者ハンドブック』を置き、実際の文書作成はアルバイトに丸投げしているのに、居丈高に校正の技術を語っていた。

そんな清水直子氏が、なぜ五大紙を全部不採用になったのか、今回の一件だけで誰の目にも明らかというものだ。

こうして、清水直子ら「労働それ自体の気配」がしないダラ幹が階級闘争ごっこで散々恥をさらす間も、世界の99%を占める私たち労働者は、日夜真面目に生産活動に従事し、それを通じて、他者と世間に貢献しているのである。

今すぐ働けとはいわない。しかし、少しずつでいいから更生に踏み出して、国語を学び直し、労働者階級に依拠するためにも、一度はかたぎの仕事に就いてもらいたいものである。

組合長  前田史門

Print Friendly, PDF & Email